前職の挫折から再起。ラクスだからこそ実現できた「昇格」

PROFILE

榊原 恭平

大学卒業後、医療商社や広告コンサルティング企業で主にセールスを担当し、2016年12月にラクスへ入社。「楽楽精算」の営業担当、西日本各拠点での「楽楽明細」チーム立ち上げを経て、2023年4月からマネージャーとしてメンバーの育成と仕組みづくりに尽力している。

順風満帆ではないキャリア。だからこそ成長につながる

榊原さんがマネージャーを務めるのは、拠点最大規模のチーム。入社当初から、マネージャー昇格をめざす思いが強かったのですか?

強かったですね。「人を育てるポジションを担いたい」と意気込んでいました。

でも、決して何かに秀でていたわけではありません。むしろ前職では上司や先輩たちの要求レベルに応えられず、挫折を味わっていたくらいです。環境を変えて再起したい。実はそう考えて転職に踏み切ったのが、ラクスでした。

なぜラクスだったのですか?

私が入社した2016年当時、ラクスの社員数はまだ3桁台で、これから急速に大きくなっていく時期でした。早くから裁量権を持つチャンスがあり、組織の拡大とともに自分自身も高めていける。そう思ったのが、理由のひとつです。また、私自身が「楽楽精算」をユーザーとして利用していたので、即戦力としても活躍できると思っていました。

決め手になったのは、面接でお会いした方々の印象です。とても聡明でロジカルに話す方々ばかりで、こんな人たちと一緒に働くことで、自分の弱みであるロジカルな思考力やコミュニケーション力を伸ばしていきたいと思い、入社を決めました。

キーワードは、「成長」だったのですね。では、ラクスではどのようなキャリアを歩んできたのか、振り返ってください。

入社後は「楽楽精算」のフィールドセールスからスタートしたのですが、2年目の夏、当時の上司が何の前触れもなく、「西日本で『楽楽明細』チームを新しく立ち上げるんやけど、やってみない?」と。

本当にこんなノリで声をかけてもらいました(笑)。チャンスだと思った私は「ぜひ!」と即答し、立ち上げを任せてもらうことになったのです。

まさに白羽の矢。立ち上げをどのように進めたのですか?

「楽楽明細」はすでに東京で立ち上がっていたサービスで、東京のチームをけん引していた方々から直接フォローを受けながら、まずは所属拠点で営業の仕組みづくりやメンバーの育成などに注力しました。

そのうえで、他拠点への横展開においても、研修や営業同行といったかたちで携わり、西日本全拠点へ広げていきました。

その後、2022年4月にアシスタントマネージャーへ、翌4月に現職のマネージャーへ昇格。入社前に思い描いたキャリアを歩んでいる手応えがあるのでは?

いえいえ、この1年で立て続けに昇格したのでそういう印象があるかもしれませんが、実際には決して順風満帆ではなかったです。

でも、だからこそ、成長してこられたと思っています。今もそうですが、壁に直面することが多く、そのたびに何がネックになっているのかを考え、周りの方々から助言をいただき、乗り越えていく過程を楽しんでいる自分がいます。

「全体最適」を意識したことで、視座が高まった

――どんな壁に直面してきたのですか?

「楽楽精算」の営業時代は、思うように成果をあげられない時期が続きました。その要因は、自分で案件をコントロールできていなかったことにありました。

お客様との商談で好感触を得たとしても、導入に至らなかった案件が少なくなかったのです。いかに「楽楽精算」が素晴らしいサービスかを伝えることに必死になり、説明員に終始してしまっていたので、今考えると当然の結果だったと思います。

その要因に気づけたきっかけは?

毎週定例で行っていた、上司との1on1の案件ミーティングです。案件の状況や課題、課題の原因、改善策などをやりとりするなかで、自分の弱みが浮かび上がってきました。

1on1ではどんなやりとりをしていたのですか?

私は「壁打ち」と呼んでいるのですが、もう壁に穴が開くくらい、壁役つまり聞き役の上司に自分の考えや状況を伝え、改善点を指摘してもらうということを繰り返していました。自分がなぜ成果をあげられていないのか、何ができていないのか、自分に足りない面と向き合うことは正直きつかったです。しかし、目を背けていては何も変わらないので、向き合い続けました。

その時期に得た学びは?

今も肝に銘じているのが、「大事なのはファクトの収集」「リスクをゼロにして初めて受注」という上司からのアドバイスです。

「お客様の反応がよかったから、受注に至るだろう」と安易に判断するのではなく、「ここがネックになるかもしれない」「ここが導入の支障になるかもしれない」と、「かもしれない」という視点でファクトを収集し、リスクを取り除いていくという意味あいです。

これらのアドバイスをもとに、お客様への関わり方をよりきめ細かくすることで、徐々に自分主導で案件をコントロールでき、計画的に実績を積み上げられるようになりました。

そして「楽楽明細」チームの立ち上げ・育成へ。キャリアの転機といえそうです。

「育成すること」に自分の適性を見いだせたことが、私にとって大きかったです。

メンバーそれぞれが持ち味を遺憾なく発揮できるように、環境や仕組みを整えていくこと。自分が表に出るのではなく、裏方として活躍の舞台をつくること。そうした役割にやりがいと楽しさを感じる日々でした。

実際、私よりもメンバーたちのほうが実績をあげていることもありましたし、西日本の月間MVPやトップセールスを自チームから複数名輩出することができました。

しかし、アシスタントマネージャーへの昇格はなかなか叶わなかった。

はい。「楽楽明細」を担当して以降、実績を出し、メンバーの育成や営業の仕組みづくりにも成果をあげているという自負がありました。だから、昇格にも結びつくだろうと考えていたのですが、安易ですよね。

ラクスの管理職に求められるのは、実績だけではないということですね。

当時の私が上司に指摘されたことも、まさしくそこです。「営業として実績をあげるのは当然のこと。どんな付加価値を生み出せるかが重要」だと。

付加価値といいますと?

その一例が、ラクスのリーダーシッププリンシプルにある「全体最適」につながることです。

自分や自チームの成果だけでなく、拠点全体、西日本全体、ラクス全体に視野を広げ、どんな価値を生み出せているのか。短期的な目標達成だけにとらわれるのではなく、中長期的な視点に立って組織運営や仕組みづくり、育成ができているか。

ここでも上司との壁打ちを通して、そうした視点が足りないことに気づいて以降、「これは全体への貢献につながるか」と常に意識し、他部署を巻き込んだプロジェクトにも積極的に取り組むようになりました。

上司の助言のおかげで、視座を高めることができ、マネージャーへの道を切り拓くことができました。ラクスに入社しなければ、マネージャーになれていなかったのではと思うくらい、私にとって貴重な出会いに恵まれ、成長機会にあふれた職場だと実感しています。

「全体最適」が浸透し、メリハリのきいた職場

ラクス西日本営業の社風についてはどう感じていますか?

自部門だけに閉じこもることがない組織です。日頃から部課を超えた情報共有や意見交換が活発で、マネージャー陣に限らず、みんなが全体最適の視点を持ち合わせている印象があります。

また、KPIマネジメントへの意識が強いことも、ラクスの文化だと思います。本当にさまざまな数値指標を駆使して施策やアクションを分析し、PDCAを回し、改善を重ねていくことが根づいています。

かといって、仕事一辺倒になるわけでもないですよね。

そうなんです。勤務時間内に効率よく成果をあげ、オフを満喫するというメリハリのきいたスタイルが浸透しています。

私の所属する名古屋営業所は、オフタイムの交流もあり、仲良く盛り上げていこうという雰囲気があります。とはいえ、もちろん交流への参加は自由で、自己研鑽に励んだり、家族と過ごしたり、それぞれが自分の希望する時間の使い方をしています。

「楽楽明細」を使うのが当たり前の世の中にしたい

――これからの抱負を聞かせてください。

マネージャーとしての責任をまっとうし、ラクスの成長に貢献できる組織をつくり上げていきたいと意気込んでいます。

さらに広い視野で言うと、マネジメントはあくまでも手段であり、その先の目的として「『楽楽明細』が当たり前に利用される世の中にすること」と据えています。

例えば電車に乗っていると、「うちの会社、いまだに『楽楽明細』を使ってないんだ」「まだ導入してないの?」といった会話が聞こえてくる。それくらい世の中に浸透させ、日本企業に貢献していきたいですね。

「楽楽明細」に惚れ込んでいるのですね。

導入していただいたお客様からの評価がとてもよく、「導入しない理由がない」と言ってくださるお客様もいらっしゃいます。

業務効率化、ペーパーレス化、コスト削減など、日本の社会課題の解決に貢献できるサービスなので、もっともっと広めたいというモチベーションが高まるばかりです。

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